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短歌書籍紹介
歌集編
『ゆっくり、ゆっくり、歩いてきたはずだったのにね』 辻井竜一 出版社 SS−project (BookPark) 定価1050円(税込み)
おすすめ度 ★★★★★
難解度★
辻井竜一さんの第一歌集
ラジオ番組への投稿入選作をはじめ、投稿活動、同人誌活動等を通 じて書きためた作品から厳選して構成された第一歌集です。
ゆっくり、ゆっくり、歩いてきたはずだったのにね
(歌集の購入はこちらから)
歌人集団「かばん」の会員であり、かばん本誌の編集も務めた辻井竜一さんの第一歌集。
収録されている歌からは若々しい感性を感じたが、プロフィールを見たところ実際に僕よりも四歳ほど若い歌人のようだ。
以下に、この歌集の中から数首、気になった歌を挙げてみたいと思います。
ゆっくりとゆっくりゆっくりゆっくりと歩いてきたはずだったのにね
この歌集のタイトルにもなった一首。
冒頭に若々しい感性と書いたが、そこにあるのは自身の可能性になんの疑問も感じない希望に溢れる若さではなく、何度か挫折を味わったことのある大人としてのぎりぎりまで抵抗し続けようとする若さなのだ。
身につけてくださいどんな大恥も一晩寝れば消せる技術を
ちょっと待てお前まだ今日生きていた証拠どこにも残してないぞ
恥をかくのは挑戦した証…などというかっこいい言葉でごまかせないほどにこの世から消してしまいたいいくつもの大恥を、おそらく誰もが心の中に抱えて生きているのではないだろうか。
そんな大恥を忘れたいと望む歌に対して、次の歌では今日を生きた証を残さなければとあせる作者がいる。
だが、哀しくもおそらくは辻井竜一さんにとっても、多くの読者にとっても、一晩寝ても忘れられない大恥こそが今日を生きた証拠なのだろう。
総務課の田中は夢をつかみ次第戻る予定となっております
この歌集には短歌の世界ではときに拙い言葉として敬遠される「夢」という言葉がところどころに散らばっている。
しかし、それを自然に許せてしまえるのは、その「夢」がかつてみた夢の欠片としての輝きだからではないだろうか。
戻って来ない総務課の田中とはおそらく、いまはもう叶わない夢を追いかけていたあの頃のもうひとりの辻井竜一さん自身なのだろう。
この歌集には、そんなかっこわるい大人にはなりたくなかったかっこわるい大人の、それでもまだ若く、ときに熱く、ときに醒めたふりをすることで自我を保とうとする、しずかなこころの叫びがあるようなそんな気がした。
いま若者である者にはこれから出会うであろう近い未来の自分に、まだ若者である大人にはもう一人のいまの自分に、かつて若者だったものにはあの日置き去りにしてきた自分に出会えるような、そんな辻井竜一さんのこの歌集をぜひみなさんにも堪能してもらいたいと思います。
歌集感想:黒路よしひろ
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